It's "C" time!!

ちふむ めしはしかやが気ままにつぶやきます。

俺は、表でしか話を知る事ができない。

 この前、ドラマ「半沢直樹」の最終回を見た。最近から最後まで興奮とドキドキが止まらず、緊張と緩和のバランスが絶妙で、まさに神回だった。

 同時にこうも思った。ドラマでは「過程」が視聴者に対して見える為、「真実」や「目に見えない努力・苦労」などを知ることができるが、現実は表に見える形でしか話を知ることはできない。例えば、もし俺が半沢直樹の世界にいたなら、きっと「東京中央銀行は何やってんだ。なんで債権放棄を嫌がるんだ」と思っていただろう。半沢直樹の存在を知らず、彼の奮闘や銀行と政治家が抱えていた疑惑などは、最終回のあの会見まで全く気付かないだろう。同じように、現実も「真実」や「目に見えないもの」などを知るのは困難だ。結局、表に見える形でしか話を知る事ができない。


 自分にとって、辛いニュースが続く。社会とは、他人がいっぱいいる世界だ。価値観や考え方、目標や正解などみんなバラバラだ。社会を理解するのは、ものすごい難しい。国によって、人によって、価値観も正解も違う。その狭間で衝突が起こる。誰かが犠牲になる。悲しみの連鎖が続く。それを痛感させられる出来事ばかりだ。


 俺は、表に見える形でしか話を知る事ができない。だからこそ、足りないものを補う為に想像する。もし自分が相手の立場だったらと想像して物事を考える。他の立場に経って物事を考える。そうする事で見えるものがあると信じて。自分の抱える「なぜ」が少しは分かると信じて。